7.GLUCK+とデザインビルド

 NYの夏は暑すぎず、最高に快適な夕方を迎えることができます。この前現地でできた日本人の友達がシーシャを持っているということで、仕事終わりにルーフトップで楽しんできました。結構満足できて50ドルだそうです。日本だとなぜか倍以上するらしいんです。確かに周りでシーシャ好きな人あんまりいなかったな。最近英語での仕事、英語の勉強、3月に向けてのアウトプットのリサーチに疲れていた頃合いだったのでたまにはいい気分転換になりました。

 今日は自分のインターン先について書こうと思います。日本で建築を勉強している人は、どこそこ?ってなる場合もあると思うので。以下に事務所のリンクを貼っておきます。クラフトマンシップが強い事務所で、わかりやすいPR動画もサイトも全部お手製です。建築はデザインソフトも使うので、色んなデザイン分野に応用が効きます。

  さて、HPにもあるところですが、一番の特徴はALDB(Architect Led Design Build)を提唱しているところです。設計者であり、コントラクターでもある(そして時にディベロップもします)。僕が一番共感する彼らのフィロソフィーは、プロフィールページにもあるこの言葉。

“Outside our scope” is not in our vocabulary.

 過去に建築家がある意味ではないがしろにしてきた、実際の施工プロセス、予算の管理などまで引き受け、全てをデザインしようとするスタンスは、それまで僕が考えていたアーキテクトの理想像を追いかけるものとしてとても引き込まれました。そして同じ考えを持つアーキテクトに出会えると思って、門を叩きました。その思惑は見事にうまく働き、とても居心地よく最高のメンバーと過ごせています。


 少し長くなりますが、GLUCK+を選んだ経緯含めて説明するために、デザインビルドについての現段階の僕の理解を書いておきます。後輩学生を読者と想定して書いているので、きっと実務で活躍されている方からみれば、実務経験のない僕が何を知ったかぶりな事をと思うに決まっています。もし該当していて見ていられる方がいて、僕の認識に間違いがあればコメントかメッセージをいただけると嬉しいです。ちなみにほとんどの知識は古坂先生の「建築生産ガイドブック」を元にしています。最新の状況と異なることもあるかもしれません。研究室OBの方からも時折ヒアリングを行いました。分厚い本ですが、実務経験のない学生で実際どうなの?っていう学生はパラパラ図書室とかで見てはいかがでしょうか?

 1.デザインビルド

 建築ができあがるまでにはデザインする人(設計者)と工事を仕切る人(施工管理者)がいて、基本的には別の職能とされています。特に、工事を仕切る場合、窓枠やネジの一つまで全部作れないので、サブコントラクターという下請けの子会社に外注したりします。自動車産業のように大量生産できないのは、建築がその都度発明されるプロダクト(一品生産)だからです。高度にシステム化されたプロセスを駆使すれば、建築産業も「ものづくり産業」の一つとしてマスカスタマイゼーションの捉え方で考えることもできるかもね、っていうことを僕の研究室の教授が書籍に書いてあるので、興味がある方は読んでみてください。最初読んだ時知らない単語が多すぎて『?』ってなったし今も全部わかるか怪しいですが、僕は院の研究室を決める時にサプライチェーン含めた生産プロセスに興味があったのと重なって、この本が他の建築書と比べて良い意味で異質に見えたので研究室を決めたという背景があります。

 面白いことに制度や資格の条件が国によって異なるので、国によってその責任範囲は大きく異なっています。

2.日本の場合(Genecon Led Design Build)

 日本の場合は、高度経済成長機のスクラップビルドが東京集中で繰り返されたことで、他に類を見ない速度(最近の中国ほどではないですが)で建設産業が発展しました。その過程でゼネラルコントラクターがディベロッパーとサブコントラクターをつなぐ商社のような立ち位置で肥大化しました。これは日本特有の事だと思います。ゼネコンにある設計部と組織設計の意匠設計部は大きく違っていて、前者は「兼任設計者」と呼ばれているらしいです。具体的には、施工監理も行う設計者ということでしょう。実際のところは、大手ゼネコンの一部しか知らないのですが、施工監理部と設計部は部署として分かれているので、兼任設計者は、意欲ある設計者は施工監理も同じ会社なのでやりやすいという程度のものかなと考えています。実際に大手ゼネコンで手がけるような大規模建設をALDBで工期内に行おうとするといくら残業しても足りなそう。。なお設計プロセスに基本設計の段階から施工部の見積もり部署的なところが関与してくるのがゼネコンの特徴で、コスト制限が初期から関わってくる分形態デザインの自由度が抑制されていると言われています。設計施工一環のプロセスを世界では「デザインビルド」というのですが、日本の場合では主にゼネコンにデザインから発注する事を指すと思います。これを諸外国のデザインビルドと区別するために、ここでは「Genecon Led Design Build」と勝手に呼んでおきます。

 もちろん小規模になればCM管理なども自分でやるアトリエもあるという主張ももしかしたらあるでしょう。しかし建築の規模やプロジェクトの種類によってそのサブコンの種類や数が大きく異なるであろうという事は実務経験のない僕でも想像できます。中規模以上の設計を手がける大多数のアトリエ建築事務所は、設計「監理」として現場にきて自分の設計と工事が噛み合っているのかチェックするにとどめているというイメージです。(他のプロジェクトやコンペで忙しいはず)

 もちろん組織設計ないしアトリエが現場を見ないというわけではないのですが、具体的に工事計画を設定したり(いわゆるCM業務)プロジェクトの進行をとり仕切るPM業務はゼネコンに外注していたりしているそうです。CM外注にもいろいろ種類があり、最近は組織設計でもCMやPMを一部サービス業として売り込むところが増えてきていますが、これは近年の傾向と言えるかもしれません。この時にBIMを使っていると、その情報価値の所有権を第三者であるサービス会社が保有することになって利益相反ではないか、という議論も実務者の間では行われているそうですが、今っぽい話題ですよね。アカデミズムの間では情報と建築というのは主に形態生成プロセス、最近ではそれが制度的なシステム設計にもなりうる、と、言われている(AmazongoやPokemongo,Sidewalk labsやゲーム業界に関するtopic)のですが、情報というのは何もそういったビッグデータだけを指すのではなく(建築単体もある意味ビッグデータですが)、主に建築をものづくり産業の一環としてみるためのツールにもなりうるという認識が今後デザイン界隈の中でも一般的になっていってほしいです。大手ゼネコン批判の文章を軍隊メタファーしかりよくあるもので、それに影響されてスーパーゼネコン批判をする建築学生を他大でよく見かける(最近は減った?)のですが、万人規模の企業の一部の方針を見て学生が盲目的にゼネコン批判するのはお門違いなのではないかと思います。情報化社会における建築設計というものを、色眼鏡は色眼鏡でも、たくさんの種類のメガネをかけて見ていきたいですね。専門分野では無い分主観と好みに基づく色眼鏡である事に変わりはないのですが、少なくとも学生のうちは。

3.スイスの場合(Architect Led Design Build)

 一方諸外国ではゼネコンのような組織形態は見られません。スイスでは基本的にアーキテクトが施工監理もする(つまりALDB)そうで、だから工期がめちゃくちゃ長い。けど誰も気にしない。4階(5階だったかも)以上を高層建築と法で定める小さな連邦国は、自治体が大きく力を持ち、また、直接民主制により建築一つ建てるにも住民の投票がいるので、鼻から時間がかかるわけです。ETHに留学中の友人からすれば、日本の建築といえば篠原一男と言うくらい構法・住宅において日本に強いイメージがあるそうです。

4.アメリカの場合(Contractor Led Design Build)

 アメリカではどうなっているのかというと、まず施工業者は建築学科関係ありません。イギリスも似ているそうですが、建築家協会(AIA)が結構な力を持ち、アーキテクトの存在価値は日本よりはるかに高いと言う認識で、逆に大工は単なる大工と言う認識が広いと思います。アメリカから見れば、日本は棟梁精神が(かつて)あったクラフトマンシップに富む国だという人イメージを持つも少なくありません。

 存在価値が高いと言う言葉は相対的なので語弊があるかもしれませんが、その違いはサラリーを見ても明らかです。誰かがtwitterで言っていましたが、AIAがサラリーの基準を定めているおかげで、最低限の報酬が期待できるようになっているらしいです。しかし報酬が高いという事はその分責任を追う範囲が高いという事です。日本では建築に関する訴訟が起きた場合その責任は「作った側」にあるそうです。ある設計者のデザインに沿って別の施工社が作ってそのデザインがパクリだとか言われて訴えられるのは、施工した側らしいのです。いろいろ構造は実際のところもっと複雑ですが、ゼネコンのフィーが建築業界の中において比較して高いのは負う責任が大きいからではないかと思われます。

 それに対し、アメリカでは訴えられるのはアーキテクトの方です。そのため、建築に関係のないただ図面を再現するコントラクターに発注する図面には最大限の注意が払われているはずです。日本なら現場で口頭で職人技術でなおせるような箇所も、アメリカでは通用しません。アーキテクトの間でBIMの普及が日本よりもだいぶ早いのはそのためだと言われていたり。そんなアメリカでいうデザインビルドとは、それまでエンジニアリング領域にあったcontractorがデザインの一旦を担うようになるという意味では日本のデザインビルドと大きく異なる変化です。

 アメリカでALDBのメリデメに関する論文(https://etd.lib.metu.edu.tr/upload/12615086/index.pdf)を読んだのですが、デメリットとしては、やはり責任が小人数にかかりすぎるので保証条件の都合が悪いということなどがあげられていました。(無断転載ですが一応普通にネットに落ちていたのでオープンな物と見てURLだけあげておきました)。また、大規模計画になるとどうしても部分的に分業して効率化したほうがメリットが大きいという場合もあります。

  80年代に隆盛を見た建築理論は90年以降勢いが弱まり(と勝手に思っているのですが)、環境問題に対する姿勢の評価や不動産投資のディール体系の変化(また今度書こうと思います)も相まって、サステナブル建築とBIMいう枠組みの中でデザインビルドの機運が高まりつつある英米の流れ。これに対し、デザインビルドという点ではゼネコンという巨大組織を持ちながら、既存の建築家モデルの価値を高めようという声が聞こえる日本の一部の流れはグローバルな目線でみると逆行しているようにも見えたりします。日本のアーキテクトの価値(というか給料)はかなり低い方であるとは思いますが、もはや既存の設計事務所の体系のままでは「デザインコンサルタント」として他の業界(ゲーム業界やデザインファーム)に立ち位置を奪われかねないという危機感は強く持っていかねばならないのではないでしょうか。視覚的デザインコンサル以上のバリューを発揮していかないとこの先なかなか建築家の価値を高めるのは難しいのではないかというのが僕の考えなのですが、これはまた別の機会に。

5.GLUCK+の歴史

 いろいろ脱線していますが、僕の受け入れ先のGLUCK+はそんなアメリカで珍しくALDBを実践しようとしているアトリエ建築設計事務所になります。Shopなど派手に施工もやったりする大規模アトリエもありますが、Peter Gluckはイェール大学でポールルドルフの元で学び、ルイスカーンが始めたビルディングプログラムを通して早くからデザインビルドのカルチャーに浸ってきました。日本の工務店で一時的に働いた事もあり、クラフトマンシップについて深い理解があります。アトリエ事務所を開いたあと、建築家はコンセプトからコンストラクションの全てにおいて一貫して責任を負うべきたという信念の元にconstruction companyを設立。それがのちに統合されてGluck+となりました。

 長いキャリアの中で国際プロジェクトはほとんどなく、アメリカのメディアでしか取り上げられる事も少ないため(数年前にGA Houseやa+uに出てましたが)アメリカではやはり知られていましたが、日本では知らない人も多いようです。

 ALDBのデメリットとしては、一つのプロジェクトに何年も携わるため個人の作品数が多くなりにくいという事があるでしょう。デザインプロセスにもいろいろと業務が重なるため、勉強しながら実践するというスタンスは事務所メンバー全員が持っています。

 基本的にコンセプトデザインから入り、全体計画を練り、関わる全てのコンサルタントとやりとりしつつ、実施設計、そして施工段階に入ると事務所を出て現場に駐在しCM、現場監督もするという、文字通り最初から竣工まで全て(さらには竣工後も)一人のアーキテクトが責任を持ちます。この枠組み自体はアメリカではとても珍しいものです。また設計プロセスの途中でクライアントとデザインワークショップをやるなど、公・民の違いはありますが大田市立図書館が頭に浮かぶような、面白い取り組みもされていたりします。

 その性質上小規模〜中規模の住宅、集合住宅、学校を主な作品としており、代表作のTower HouseはNetflixでも紹介された事があります。

6.GLUCK+ company

 基本的にデザインファームとしてHPではPRしていますが、実はGLUCK+というのはグループ名の総称なのです。実際のところどれくらいの人員をどの期間どのプロジェクトに割いているのかは把握していませんが、GLUCK+は以下の3つの組織で構成されています。

①GLUCK+ Architecture

 僕が所属するのももちろんこの部署。設計業務全般から家具のデザインまで。空間設計に関することはなんでもやります。家具までデザインしちゃうのっていいですよね。もちろんクライアントが望めばですが。

②GLUCK+ CMc

 またの名をLocus Construction, Inc。以下のCMaと名前が似ていますが、コンストラクションのリスクを自社で負うCMアットリスク方式のサービスです。

③GLUCK+ CMa

 Peterが設立した過去のARCS Construction Service, Inc。コンストラクションのリスクを発注者が負うピュアCM方式のサービスです。


 念のため補足しますと、単にCMと言うと一般にピュアCM(マネジメント業務)を指します。しかしこの場合リスクが発注者側にあるため工事費支出がその分増加する可能性があります。そのため工事費低減を目的としてピュアCMにリスク負担を加えて発注する方式がCMアットリスク方式です。CMアットリスクは日本のゼネコンの施工管理にかなり近い。

 日本のゼネコンとの違いはコストの透明性ではないでしょうか?ゼネコンのコストの不透明性は有名な話で度々談合とかニュースで見かけて萎えたりします。アメリカでCMアットリスク方式を採用する場合、サブコンや大工とCM会社が取り決める契約などについて発注者の事前の同意を得ることが必要とされています。つまり、サブコン業者の裁量権が発注者サイドに確保されることになるので、コストが透明になります。GLUCK+のHPにも動画がありますが、オンプロジェクトの予算経過などについてクライアントは簡単にHPからチェックすることができ、自分の支出した金額が正当に使われているのか簡単にチェックすることができます。

 なぜ日本のスーパーゼネコンではコストが不透明なのかというと、ゼネコンが商社に近い立ち位置のため特定のサブコンとの根強いマテリアルフローが構築されてしまっているからではないでしょうか?契約にはないけどサービスを付加することでプロポーサル方式で有利になるみたいな日本独特の空気で勝ち残るためには、取れるところでとって支出を最小限にする必要が確かにあったからだと思います。新国立競技場の一見で明るみになって以来、コンペ方式含めて、日本の建築のプロジェクトの合意形成プロセスの不合理さが目につく機会が多いので、なんとか変わっていけるよう影響を与えていきたいところです。



 7.自分の業務や雰囲気

 自分の業務はもちろん口外できませんが、市内のプロジェクトで最初一つの基本設計段階の設計補助をしていました。手の速さが評価され、現在二つのプロジェクトを担当させてもらっています。規模もプログラムも違うので頭のスイッチを常に切り替えながらスタディを繰り返し、暇を見つけては法規のドキュメントを読んだりという事をしています。日本でも同じですが、実施設計において法規ほど設計に影響を与えるものはありません。学校でやるままごと設計と実務の一番の違いです。

 まだまだわからない事だらけですが、ただ「学びにきて」半年終わるというのは避けたいので、ちゃんと爪痕残すべくめっちゃ積極的に動こうと思います。議論した検討をやるだけでなく、自分のアイデアを生意気にも必ず加えてミーティングに参加するのですが、さすがデザインビルドの会社というべきか、基本設計段階からコストとディティールの議論によくなり、なぜ僕の発案のコストが割高と見込まれるのか丁寧に教えてくれながら却下されます笑。勉強にはなるのですが、期間中に自分の発案で上司の案を覆すくらいの貢献を早くしたい。。

 雰囲気の話をすると、とても良いです。ニューヨークの建築事務所はどこもブラックというイメージを持っていたのですが、むしろブラック企業である事を嫌うようなカルチャーで、バケーションもとるしハッピーナワーにはみんな飲みながら仕事するし、ヨーロッパの事務所みたいです。そして、でっかく綺麗なキッチンがついていてみんなよくそこで料理したりします。コーヒーは飲み放題で種類にもこだわりが。綺麗なトイレはまさに日本のそれで、日本から日本の悪いところを抜いたような雰囲気(笑)。妻子持ちが多いのでみんな早く帰ります。この前、自主的に残って作業していたのですが、8時から10時までオフィスに一人という状況に。日本なら考えられない笑。

 メンバーのバックグラウンドも豊富で、アーキテクチャーのみならず不動産、エンジニアリング出身の上司もいたりと。思っていたよりアジア系もちらほらいます。日本人の好きな学歴の話をすると普通に一緒にテニスする同僚はコロンビアのArch卒OMAインターン経験ありと日本人からしたらうやらむような経歴。GSDもMITもいます。彼らからは生き方含めいろんな事を学びます。1日1日があまりにも早く、本気で今日が水曜日だと勘違いしていました。

 自分がいかにかけがえのない経験をさせてもらっているのかを思うと、ぼーっとはしていられません。

 さて、なぜこんなに悠長に長文が書けているのかというと、明日朝5時のバスに乗ってワシントンに弾丸建築視察に行くからなんですね〜。徹夜してバスで寝るってやつです。なるべくあったかいうちに冬寒くなるところを見ていきたいと計画しています。今の所ボストンはすでに行ったのですが、ワシントン・シカゴ・トロント・あとベンチューリとカーンの家入れるのならフィラデルフィアって感じですかね。あとは落水荘。車でないといけないので早くドライビング(できれば車保持者の友達)早く見つけます!


 今日の写真はSOHOにあるOMA設計の有名なのPladaを載せておきます。まるで美術館のようなショップでした。僕にはしばらく縁がなさそうだな。。






 

Tech-Tech-MOCCHI

NYの建築事務所でインターンしている建築大学院生のブログです。

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